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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)189号 判決

千葉県流山市名都借914-1

原告

福場博

同訴訟代理人弁護士

田中克郎

寺澤幸裕

同弁理士

稲葉良幸

大賀眞司

千且和也

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

中村友之

井上元廣

奥村忠生

関口博

主文

特許庁が平成4年審判第19522号事件について平成5年9月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年7月27日、名称を「電子歯ブラシ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第157956号)をし、平成2年5月28日に出願公告(特公平2-24124号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成4年7月17日拒絶査定を受けたので、同年10月21日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第19522号事件として審理した結果、平成5年9月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年10月13日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

ブラシ毛が植毛されたブラシヘッド部と、把持用柄部と、光を受けて光電気化学反応を生ずる半導体と、を備えた電子歯ブラシにおいて、ブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成し、把持用柄部には、前記半導体を突設し、ブラシヘッド部には、該ブラシヘッド部の長手方向に延在して前記半導体を受領する半導体挿入部と、前記ブラシ毛と半導体挿入部との間を連絡し、液体を媒体として前記ブラシ毛と前記半導体を電気的に導通可能とする液路と、を形成してある電子歯ブラシ。(別紙図面1参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  引用例記載の技術

(1) 特開昭58-41549号公報(以下「引用例1」という。)には、「口腔内への挿入部と、握部である口腔外への露出部とを一体化した本体をもち、前記露出部に光電効果を有するN型半導体を付設し、この半導体と前記挿入部との間に光電子電流の導通路を設け、半導体周辺では唾液や水から電子を放出する酸化反応が生じ歯牙周辺では唾液や水から電子を得る還元反応が生じてその還元作用で歯牙の衛生効果をもたらす光電気化学反応式口腔衛生器である電子歯ブラシであって、刷毛(1a)が植毛された口腔内への挿入部(1)と、握部である口腔外への露出部(2)とを一体化した合成樹脂製本体(3)をもち、それ自身が光電子電流の導通路を兼ねている細径線状の前記半導体(4)を前記挿入部(1)から前記露出部(2)にかけて合成樹脂製本体(3)に挿設し、前記本体(3)には、水分の溜り部ともなり、前記半導体(4)の挿設に利用される溝(6)を前記挿入部(1)から前記露出部(2)にかけて形成した、電子歯ブラシ」が第1図、第2図と共に記載されており、また別に、「前記挿入部(1)から前記露出部(2)の大半にかけて貯水池(9)を導電線の代わりの導通路として刻設してもよいこと」が第5図と共に記載されている。(別紙図面2参照)

(2) 昭和58年6月8日付け大阪スポーツ新聞第3面第1ないし5段のPR欄(以下「引用例2」という。)及び同年7月29日付け日刊スポーツ新聞第9面第1ないし5段のPR欄(以下「引用例3」という。)には、「『サニーパワー』の外形は写真のように普通の歯ブラシとほとんど変わらないが、柄の中に光電子効果をもつN型半導体がはめ込んである。この半導体は、自然光、蛍光灯、白熱灯を問わずどんな光にも反応して光エネルギーを発生する。普通の明るさの中で『サニーパワー』で歯をみがくと、唾液(水)を媒体として半導体と歯牙の間に光電気化学反応が生じる。つまり、半導体の周辺と歯牙の周辺に電子空間ができる。そして半導体側では水から電子を放出する『酸化反応』が行われ、歯牙の周辺では水から電子をとり入れる『還元反応』が行われる。」との記載と共に、ブラシヘッド部と把持用柄部とをビスで止めて構成した「サニーパワー」の写真が示されている。

(3) 特開昭57-78848号公報(以下「引用例4」という。)には、半導体を用いた電子歯ブラシについて「図示のものでは、柄(2)の先端(2a)に刷毛(1)を植設してある。そして刷毛(1)の寿命が短いことに留意して柄(2)を、前記通路(3)半導体(4)および光線照射路(5)を有する柄部材(2A)と、刷毛(1)を有する柄部材(2B)とに分割して後者柄部材(2B)を使い捨てならびに交換可能となしてある。」との技術的記載がある。

(4) 実公昭59-107号公報(以下「引用例5」という。)には、電気化学反応式歯ブラシについて「刷毛1の寿命が短いことに留意してブラシ柄2を把握部4に対して着脱自在に連結するように構成してブラシ柄2を使い捨てならびに交換可能としている。」との技術的記載がある。

3  対比

本願発明(前者)と引用例1記載のもの(後者)とを比較すると、後者における「刷毛(1a)が植毛された口腔内への挿入部(1)」、「握部である口腔外への露出部(2)」、「光電効果を有するN型半導体」は、それぞれ、「ブラシ毛が植毛されたブラシヘッド部」、「把持用柄部」、「光を受けて光電気化学反応を生ずる半導体」と言い換えることができ、してみると、両者は、「ブラシ毛が植毛されたブラシヘッド部と、把持用柄部と、光を受けて光電気化学反応を生ずる半導体と、を備えた電子歯ブラシ」である点で差異はなく、ただ、(1)前者においては、ブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成したものであるのに対し、後者においては、ブラシヘッド部と把持用柄部が一体に形成されているものである点(以下「相違点(1)」という。)、(2)半導体が、前者においては把持用柄部に突設されたものであるのに対し、後者においては把持用柄部に付設されたものである点(以下「相違点(2)」という。)、(3)前者においては、ブラシヘッド部に該ブラシヘッド部の長手方向に延在して前記半導体を受領する半導体挿入部が形成してあるのに対し、後者においては、ブラシヘッド部から把持用柄部にかけて本体に細径線状に半導体を挿設するのに利用される溝(6)を有するものである点(以下「相違点(3)」という。)、及び、(4)前者においては、ブラシヘッド部にブラシ毛と半導体との間を連絡し、液体を媒体として前記ブラシ毛と前記半導体を電気的に導通可能とする液路を形成してあるのに対し、後者においては細径線状に挿設された半導体自身が光電子電流の導通路を兼ねることと前記溝(6)が水分の溜り部ともなることが示されているだけである点(以下「相違点(4)」という。)で相違している。

4  相違点の検討

(1) 相違点(1)について

引用例2、3や引用例4、5にて示されるように、歯ブラシのブラシヘッド部と把持用柄部とをビスで止めて構成することやブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能にすることが従来周知である以上、引用例1記載の光電気化学反応式歯ブラシにおいてブラシヘッド部と把持用柄部とを着脱可能にする程度のことは、当業者が容易に想起することである。

(2) 相違点(2)について

引用例1記載の歯ブラシが半導体周辺では唾液や水から電子を放出する酸化反応が生じるだけでなく、歯牙周辺では唾液や水から電子を得る還元反応が生じてその還元作用で歯牙を衛生効果をもたらすものである以上、把持用柄部に付設される半導体を突設されたものとする程度のことも当業者が容易に想起することである。

(3) 相違点(3)について

引用例1記載の歯ブラシにおける前記「溝(6)」は細径線状半導体を挿設するのに利用されるものであり、かつ、把持用柄部のみでなく、「ブラシヘッド部から把持用柄部にかけて」存在するものであるから、ブラシヘッド部の長手方向に延在して前記半導体を受領する半導体挿入部があるものともいうことができ、してみれば、相違点(3)は実質的な相違点とはいえない。

(4) 相違点(4)について

引用例1にまた別に、「前記挿入部(1)から前記露出部(2)の大半にかけて貯水池(9)を導電線の代わりの導通路として刻設してもよいこと」が第5図と共に記載されている以上、光電子電流の導通路を兼ねる細径線状半導体自身の一部を、液体を媒体として前記ブラシ毛と前記半導体を電気的に導通可能とする液路に代える程度のことも当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。

5  したがって、本願発明は、引用例1ないし5記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2(1)ないし(4)は認める(但し、引用例2、3に、ブラシヘッド部と把持用柄部とをビスで止めて構成した「サニーパワー」の写真が示されていることは争う)。同3については、相違点(2)の認定のうち、引用例1記載のものにおいては半導体が把持用柄部に付設されたものであるとした点、相違点(3)の認定のうち、引用例1記載のものにおいてはブラシヘッド部から把持用柄部にかけて本体に細径線状に半導体を挿設するのに利用される溝(6)を有するものであるとした点は争い、その余は認める。同4、5は争う。

審決は、相違点(1)ないし(4)についての判断を誤り、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  相違点(1)の判断の誤り(取消事由1)

本願発明においては、「ブラシヘッド部」は長手方向に延在して半導体を受領する半導体挿入部を有し、ブラシ毛と半導体挿入部との間を連絡し、液体を媒体としてブラシ毛と半導体を電気的に導通可能とする液路を有するものとして具体的に規定され、「把持用柄部」は光を受けて光電気化学反応を生ずる半導体を突設しているものとして具体的に規定され、このような「ブラシヘッド部」と「把持用柄部」とを着脱自在に構成するという、具体的な分割手段を特許請求の範囲の一部としているのである。

これに対して、引用例2及び3記載のビスで結合されている二つの部材が何であるか全く不明である上、ヘッド部と柄部が着脱できるようにはなっていない。引用例4記載のものは、軸に沿った平面でブラシヘッド部を上下に二分割する構造であり、この構造から、本願発明における上記着脱構造を想到することの動機づけは見当たらない。引用例5には、本願発明に比較的近似した着脱構造が記載されているが、同引用例のものは、電流を流す光電池を利用した歯ブラシであり、本願発明のように電池を具備せず、電流を流すことのないものとは全く異質のものである上、把持用柄部から分割可能なブラシヘッド部にも半永久的に使える電子電導部材を配設しており、本願発明と軌を一にするものではない。

したがって、相違点(1)についての判断は誤りである。

2  相違点(2)の判断の誤り(取消事由2)

引用例1記載の半導体(4)は、挿入部(1)から露出部(2)にかけて配置されているだけであって、把持用柄部に付設されていない。したがって、半導体が把持用柄部に付設されたものであるとする審決の認定は誤りであり、これを前提とする相違点(2)の判断も誤りである。

また、本願発明が把持用柄部に半導体を突設するように構成したのは、ブラシヘッド部にその長手方向に延在する半導体挿入部を形成する構成、及びブラシヘッド部を把持用柄部に対して軸方向に着脱可能とする構成が相まって、半導体を把持用柄部側に設けつつも半導体はブラシ毛に近接して位置させることができ、これによって液路を介してブラシ毛との導通状態を確実に保証し、電子歯ブラシとしての機能を充分に発揮させるためである。しかるに、引用例2ないし5には、本願発明のように半永久的に使える半導体やその他の金属材料を、ブラシヘッド部ではなく、把持用柄部にのみ設けてブラシヘッド部のみを交換自在にする技術思想が開示されていないので、引用例2ないし5から、把持用柄部とブラシヘッド部の間に存在する半導体を把持用柄部の方に付設させるということは、当業者が容易になし得ることではない。いわんや、半導体を把持用柄部に突設させる構成は引用例2ないし5には記載も示唆もされていない。

なお、被告が援用する乙第1号証ないし第3号証には、半導体を把持用柄部に突設させる構成は記載されていない。乙第4号証記載のものは、本願発明とは技術分野も構成も全く異なり、半導体を把持用柄部に突設させることを想起させるものではない。乙第5号証の突設部材は、二部品を強固に嵌合させるためのものにすぎない。

相違点(2)についての審決の判断は、本願発明の構成要件が互いに一体不可分であることを無視してなされたものであって、誤りである。

3  相違点(3)の判断の誤り(取消事由3)

本願発明において、ブラシヘッド部の長手方向に延在する半導体挿入部を形成したのは、ブラシヘッド部に着脱可能な把持用柄部に突設した半導体を挿入するためであり、このように構成することにより、半導体を把持用柄部側に設けつつも液路を介して半導体とブラシ毛とを連通可能にし、ブラシヘッド部が着脱可能な電子歯ブラシの機能を充分に発揮させるためである。

引用例1の溝(6)は常に半導体を挿設しているものであり、本願発明の半導体挿入部のように適宜半導体を挿入するものではない。したがって、「ブラシヘッド部から把持用柄部にかけて」上記溝(6)が存在するからといって、引用例1のものが「半導体を受領する半導体挿入部があるもの」と認定することはできない。

したがって、相違点(3)についての判断は誤りである。

4  相違点(4)の判断の誤り(取消事由4)

本願発明の液路は、互いに離れて位置するものを単に導通させるだけのものではなく、ブラシヘッド部と把持用柄部を分割した構造において、両者連結時に柄部から突出する半導体とブラシヘッド部のブラシ毛をどのように導通させるかということから出発して、液体を介して導通させるという全く新たな発想で設けられたものである。

これに対し、引用例1記載のものは、あくまでもブラシヘッド部と把持用柄部が一体のものであるので、貯水池(9)は、両者が一体物であるという前提において設けられたものであって、決して、ブラシヘッド部を把持用柄部から分割可能とした構造において、把持用柄部側に設けられた半導体とブラシヘッド部に設けられたブラシ毛とを導通可能とするために設けられたものではない。

したがって、相違点(4)についての判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断は相当であって、原告主張の違法はない。

二  反論

1  取消事由1について

引用例2及び3には、ブラシヘッド部と把持用柄部とをビスで止めて構成した「サニーパワー」の写真が示されている。引用例4には、刷毛の寿命が短いことに留意して、柄を半導体を有する柄部材と刷毛を有する柄部材に分割し、刷毛を有する柄部材を使い捨て及び交換可能とする技術思想が記載され、これは、本願発明の技術課題と全く同じものである。そして、具体的な分割手段はともあれ、寿命の短い刷毛部分を、半導体を有する部分とは別に交換可能とするために着脱自在にするという技術思想がある以上、引用例1に記載された歯ブラシにおいて半導体を握部側に設けて、寿命の短い刷毛を植設した口腔内への挿入部を握部から着脱自在とすることは当業者にとって容易に考えられることである。また、引用例5には、ブラシヘッド部と半永久的に使える電気部材を有する把持用柄部を着脱自在にするという技術思想が示されている。

なお、審決が、相違点(1)の認定において「前者(本願発明)においてはブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成したもの」、相違点(1)の判断において「ブラシヘッド部と把持用柄部とを着脱可能にする程度のこと」としたのは、それぞれ「前者(本願発明)においてはブラシヘッド部を半導体を有する把持用柄部に対して着脱可能に構成したもの」、「ブラシヘッド部と半導体を有する把持用柄部とを着脱可能にする程度のこと」の意であり、「把持用柄部」としたのは、「半導体を有する把持用柄部」の単なる誤記である。

したがって、相違点(1)についての判断に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例1記載の半導体(4)は、挿入部(1)と露出部(2)の間に配置されている。しかし、引用例1には、「半導体(4)は柄の握部以外の挿入部(1)に近い箇所に設けられ」(第1頁左下欄12行、13行)、「第1図、第2図のものは、歯ブラシに半導体を付設してある」(第2頁右下欄3行ないし5行)と記載されているように、半導体は、挿入部(1)にも付設されているが、露出部(2)、すなわち把持用柄部にも付設されているのであるから、半導体が把持用柄部に付設されているとした審決の認定に誤りはない。

そして、引用例1の「半導体(4)は柄の握部以外の挿入部(1)に近い箇所に設けられ(る)」(第1頁左下欄12行、13行)歯ブラシにおいて、引用例2ないし5記載の技術思想に基づいて半永久的に使える半導体を把持用柄部に設けてブラシヘッド部のみを交換自在にしようとすれば、把持用柄部とブラシヘッド部の間に存在する半導体を把持用柄部の方に付設させ、乙第1号証の1・2、第2号証ないし第5号証により周知な構成であるといえる把持用柄部に突設部材を設けた構造にする程度のことは、当業者にとって容易なことであり、半導体を用いた歯ブラシに該構成を適用できないという理由も見出せない。

したがって、相違点(2)についての判断に誤りはない。

3  取消事由3について

引用例1のものがブラシヘッド部から把持用柄部にかけて本体に細径線状に半導体を挿設するのに利用される溝(6)を有するものであることは、第1図、第2図から明らかであり、この点についての審決の認定に誤りはない。

引用例1の歯ブラシは一体のものであるから、溝(6)は常に半導体を挿設しているものであり、本願発明のように適宜半導体を受領する挿入部を形成するものではないが、それは、二部品に分割可能か否かということに起因して生じる構成の差であって、溝と半導体との関係だけをみれば、ブラシヘッド部の長手方向に延在して半導体を受領する半導体挿入部があるものということができる。そして、相違点(1)、(2)の判断を前提とすれば、引用例1の第1図の歯ブラシを分割する際に、半導体(4)を把持用柄部に付設させたものと、溝(6)を有する本体部分をブラシヘッド部の方に付設させたものの二部品に分割することが当業者にとって容易に考えられることであるから、そうすれば、引用例1における溝は、ブラシヘッド部の長手方向に延在して半導体を受領する半導体挿入部となるものである。さらに、雄体である突設部に対して雌体として筒状の挿入部を設けることは二部品を嵌合させる際の常套手段にすぎないから、引用例1の歯ブラシを把持用柄部に付設させて二分割しようとすれば、半導体の筒状の挿設部である溝をブラシヘッド部の方に付設させたものとすることは必然であり、該溝は半導体挿入部となる。

したがって、相違点(3)についての判断に誤りはない。

4  取消事由4について

半導体とブラシヘッド部のブラシ毛を液路の液体を介して導通させる技術思想は引用例1に示されていて、これは、ブラシヘッド部と把持用柄部を分割する、しないに直接関係があるものではないから、唾液が半導体挿入部内に連なるのを補助するために、上記3で容易であるとした、「溝(6)を有する本体部分を付設させたブラシヘッド部」に液路を設ける程度のことは当業者が適宜になし得ることである。

したがって、相違点(4)についての判断に誤りはない。

第四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点のうち、引用例1ないし4に審決摘示の事項(但し、引用例2、3に、ブラシヘッド部と把持用柄部とをビスで止めて構成した「サニーパワー」の写真が示されているとの点は除く。)が記載されていること、相違点(1)の認定、相違点(2)の認定のうち、引用例1記載のものにおいては半導体が把持用柄部に付設されたものであるとした点を除くその余の認定、相違点(3)の認定のうち、引用例1記載のものにおいてはブラシヘッド部から把持用柄部にかけて本体に細径線状に半導体を挿設するのに利用される溝(6)を有するものであるとした点を除くその余の認定、及び相違点(4)の認定については、当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

甲第2号証(本願発明の出願公告公報)及び第3号証(平成3年4月26日付け手続補正書)によれば、本願発明は、「光電気化学反応を利用した電子歯ブラシに関する」(甲第2号証第1欄14行、15行)ものであり、「従来より、光を照射することにより光エネルギーを発生するとともに水分を媒体として光電気化学反応を生ずる半導体を歯ブラシに設置し、この光電気化学反応を利用して歯に付着した歯垢を分解し、かつ虫歯の原因である乳酸を中和することにより、歯槽ノーローや虫歯の発生を予防することを意図した歯ブラシが提案されている(・・・)。しかし、これら従来の歯ブラシは構造が複雑であったり、コストが高く、一般の普及に供するには難があった。」(同第1欄17行ないし第2欄2行)との知見のもとに、「ブラシ毛の部分を必要に応じて廃棄交換可能とし、かつこのブラシ毛の部分の廃棄交換に伴うコストの増大を極力抑制して電子歯ブラシの普及を可能ならしめること」(同第2欄19行ないし23行)を目的として、前示要旨のとおりの構成を採択したものであり、「ブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成してブラシヘッド部のみを随時廃棄交換可能としたので、この電子歯ブラシの使用コストの低減を図ることができ、電子歯ブラシの普及に寄与できる」(同第6欄22行ないし26行)という効果を奏するものであることが認められる。

三  取消事由に対する判断

1  取消事由1について

(1)  被告は、審決が、相違点(1)の認定において「前者(本願発明)においてはブラシヘッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成したもの」、相違点(1)の判断において「ブラシヘッド部と把持用柄部とを着脱可能にする程度のこと」としたのは、それぞれ「前者(本願発明)においてはブラシヘッド部を半導体を有する把持用柄部に対して着脱可能に構成したもの」、「ブラシヘッド部と半導体を有する把持用柄部とを着脱可能にする程度のこと」の意であり、「把持用柄部」としたのは、「半導体を有する把持用柄部」の単なる誤記である旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲には、「ブラシへッド部を把持用柄部に対して着脱可能に構成し、」と記載されていて、「ブラシヘッド部を半導体を有する把持用柄部に対して着脱可能に構成し、」とは記載されておらず、審決が、特許請求の範囲の記載に従い、上記構成につき相違点(1)として取り上げ、判断を加えていることは審決の理由の要点から明らかであって、被告の上記主張は採用できない。

(2)  引用例2及び3に、ブラシ毛の植毛された部材と把持用柄部とをビス様のもので止めて構成した電子歯ブラシの写真が掲載されていること(このことは、甲第5号証及び第6号証により認められる。)、引用例4に、半導体を用いた電子歯ブラシについて「図示のものでは、柄(2)の先端(2a)に刷毛(1)を植設してある。そして刷毛(1)の寿命が短いことに留意して柄(2)を、前記通路(3)半導体(4)および光線照射路(5)を有する柄部材(2A)と、刷毛(1)を有する柄部材(2B)とに分割して後者柄部材(2B)を使い捨てならびに交換可能となしてある。」と、引用例5に、電気化学反応式歯ブラシについて「刷毛1の寿命が短いことに留意してブラシ柄2を把握部4に対して着脱自在に連結するように構成してブラシ柄2を使い捨てならびに交換可能としている。」とそれぞれ記載されていること(これらの点は、当事者間に争いがない。)を総合すると、引用例1記載の光電気化学反応式歯ブラシにおいて、刷毛(1a)が植毛された口腔内への挿入部(1)(ブラシヘッド部)と握部である口腔外への露出部(2)(把持用柄部)とを着脱可能に構成することを想起することは、当業者にとって格別困難なこととは認められない。

したがって、相違点(1)についての審決の判断に誤りがあるとはいえず、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  引用例1(甲第4号証)に「口腔内への挿入部と、握部である口腔外への露出部とを一体化した本体をもち、前記露出部に光電効果を有するN型半導体を付設し、この半導体と前記挿入部との間に光電子電流の導通路を設け、半導体周辺では唾液や水から電子を放出する酸化反応が生じ歯牙周辺では唾液や水から電子を得る還元反応が生じてその還元作用で歯牙の衛生効果をもたらす光電気化学反応式口腔衛生器である電子歯ブラシであって、刷毛(1a)が植毛された口腔内への挿入部(1)と、握部である口腔外への露出部(2)とを一体化した合成樹脂製本体(3)をもち、それ自身が光電子電流の導通路を兼ねている細径線状の前記半導体(4)を前記挿入部(1)から前記露出部(2)にかけて合成樹脂製本体(3)に挿設し、前記本体(3)には、水分の溜り部ともなり、前記半導体(4)の挿設に利用される溝(6)を前記挿入部(1)から前記露出部(2)にかけて形成した、電子歯ブラシ」が記載されていることは、当事者間に争いがなく、上記記載と引用例1の第1図、第2図によれば、引用例1記載の半導体は、挿入部(1)から露出部(2)にかけて付設(挿設)されているものと認められる。

上記認定事実によれば、引用例1記載の半導体は把持用柄部(露出部(2))に付設されているとした審決の認定は正確さを欠くものであって相当ではないが、このことをもって直ちに、相違点(2)の判断が誤りであるとまではいえず、この点についての原告の主張は採用できない。

(2)  被告は、引用例1の「半導体(4)は柄の握部以外の挿入部(1)に近い箇所に設けられ(る)」(第1頁左下欄12行、13行)歯ブラシにおいて、引用例2ないし5記載の技術思想に基づいて半永久的に使える半導体を把持用柄部に設けてブラシヘッド部のみを交換自在にしようとすれば、把持用柄部とブラシヘッド部の間に存在する半導体を把持用柄部の方に付設させ、乙第1号証の1・2、第2号証ないし第5号証により周知な構成であるといえる把持用柄部に突設部材を設けた構造にする程度のことは、当業者にとって容易なことである旨主張するので、この点について検討する。

〈1〉 引用例2及び3に、ブラシ毛の植毛された部材と把持用柄部とをビス様のもので止めて構成した電子歯ブラシの写真が掲載されていることは、前記1(2)に認定のとおりであり、上記各引用例には「柄の中に光電子効果をもつN型半導体がはめ込んである。」との記載があるが(この点は当事者間に争いがない。)、上記写真によれば、半導体はブラシ毛が植毛されている部分の右側に配置され、さらにその右側にビス様のようなものが配置されていることが認められること、上記各引用例には、ブラシヘッド部のみを交換自在にする旨の記載ないし示唆はないことからすると、上記各引用例のものは、半導体を把持用柄部に設けてブラシヘッド部のみを交換自在にするという技術思想を有するものとは認め難い。

また、引用例4及び5の前記1(2)掲記の記載から、上記各引用例記載のものは、半導体や半永久的に使用できる電気部材を把持用柄部に設け、ブラシヘッド部のみを交換自在とする技術思想を有するものであると認め得るとしても、引用例1記載のものにおいては、それなりの技術的理由から、半導体を挿入部(1)(ブラシヘッド部)から露出部(2)(把持用柄部)にかけて存在させているものと考えられるから、単に引用例4及び5に上記のような技術思想が開示されているからといって、引用例1記載のものに適用して、半導体を把持用柄部の方に付設させることが当業者において容易に想到し得るものとすることは相当でないというべきである。

〈2〉 次に、乙第1号証の1・2、第2号証ないし第5号証によれば、電子(電気)歯ブラシにおいて、半導体ではないが、把持用柄部に突設部材を設け、把持用柄部内の電気部材をブラシヘッド部に導通させたり、より強固に嵌合できるようにした構成は、本願出願当時周知であったものと認められる。

ところで、前記二項に認定のとおり、本願発明は、従来の光電気化学反応を利用した電子歯ブラシは、構造が複雑であったり、コストが高く、一般の普及に供するには難があったとの知見のもとに、ブラシ毛の部分を必要に応じて廃棄交換可能とし、かつ、このブラシ毛の部分の廃棄交換に伴うコストの増大を極力抑制して電子歯ブラシの普及を可能ならしめることを目的として、前示要旨のとおりの構成を採択したものである。そして、本願発明においては、本願明細書に「半導体に対して自然光や室内灯からの光が照射されると、半導体は光エネルギーを発生し、水分を媒体としてこの半導体は光電気化学反応を生ずる。これにより、半導体の周囲においては、媒体の水から電子を放出する酸化反応が行なわれ、歯の周辺では媒体の水から電子を取り入れる還元反応が行なわれる。この分極作用によって歯に付着している歯垢が分解され、かつ還元反応によって虫歯の原因である乳酸が中和される。」(甲第2号証第3欄15行ないし24行)と記載されているように、半導体の光電気化学反応を利用して歯垢を分解する電子歯ブラシとしての機能を保持しながら、「ブラシ毛7、9が湾曲等して使用に適さなくなった場合には、ブラシヘッド部3を柄1から引っ張るようにするだけで、・・・ブラシヘッド部3を柄1から離脱させることができる。よって、新しいブラシヘッド部3を柄1に連結すれば、半導体棒2を含む柄1を廃棄する必要がなく、ブラシヘッド部3のみを取り替えれば良いのでこの種の電子歯ブラシの使用に要するコストの低減を図ることができる。」(同第5欄31行ないし40行)という作用効果を達成することができるものと認められる。

上記各事実によれば、本願発明において、把持用柄部に半導体を突設することの技術的意味は、把持用柄部とブラシヘッド部が着脱可能であることを前提として、半導体を把持用柄部に突設することによって、ブラシヘッド部が使用に適さなくなって廃棄したときでも、半導体を把持用柄部側に残し、ブラシヘッド部が交換されたときは再度、前記機能を果たすべく使用できるようにしたものであることが認められる。

上記のとおり、乙第1号証の1・2、第2号証ないし第5号証記載のものと本願発明とは、把持用柄部に突設させる部材が異なるばかりでなく、把持用柄部に突設部材を設ける目的が相違するから、上記乙各号証から、ブラシヘッド部から把持用柄部にかけて存在する引用例1記載の半導体を、把持用柄部に突設させる構成を想到することは、当業者において容易になし得ることとは認め難いし、仮に、引用例1記載のものにおいて、半導体を把持用柄部の方に付設させることが当業者において容易に想到し得ることであるとしても、この点は同様であると認められる。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

なお、審決は、引用例1記載の歯ブラシが半導体周辺で酸化反応が生じるだけでなく、歯牙周辺では還元反応が生じてその還元作用により歯牙の衛生効果をもたらすものであることを理由として、把持用柄部に付設される半導体を突設されたものとする程度のことは当業者が容易に想起することである旨説示しているが、上記理由から突設構造の採用を想到し得るものでないことは明らかである。

(3)  上記のとおりであって、相違点(2)についての審決の判断は誤りであり、取消事由2は理由がある。

そして、相違点(2)の判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面 1

〈省略〉

別紙図面 2

〈省略〉

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